【河内長野荘】太閤秀吉の宴を今に〜秀吉の晩餐に込めた想い〜

実りの季節。河内長野の秋には、豊かな山の恵みがあり、川の流れがあり、歴史を育んだ風土があります。
この地には、中世から続く壮大な物語が眠っています。

饗応(きょうおう)会席 〜僧房酒一献付〜

山、川、海の恵みを織り込み、太閤秀吉の饗宴を現代に表現しました。

天下人も愛した河内長野の酒

河内長野市にある天野山金剛寺は、約1300年の歴史を誇る名刹として知られています。

中世には「女人高野」と呼ばれ、多くの人々の信仰を集めました。
その金剛寺で醸されていた酒が「僧房酒(そうぼうしゅ)」です。

後に「天野酒」として全国に名を馳せ、室町時代には日本三大銘酒の一つとして称えられました。

織田信長や豊臣秀吉などの天下人にも愛されたと伝えられています。
また秀吉は天野酒をことのほか好み、酒造りに関する指示を書状として残していたことも知られています。

秀吉の食卓

豪華絢爛な桃山文化を築いた豊臣秀吉。

晩年の大坂城では、鯛や鴨などを用いた華やかな饗宴が催されたと伝えられています。

当時の料理は現代のように醤油が主役ではなく、「いり酒」と呼ばれる酒を煮詰めて梅干しなどを加えた調味料が広く使われていました。また、鶴や雁などの野鳥が祝いの席に並ぶこともありました。

一方で、秀吉は貧しい農家の出身であったことから、質素な麦飯を好んで食したとも伝えられています。

華やかさと素朴さ。その両方が秀吉の食文化の魅力だったのかもしれません。

鴨文化のルーツ

秀吉は鴨料理を好んだとも伝えられています。

戦国から桃山時代にかけて、大坂周辺では水辺の環境を活かした鴨の文化が発展しました。

その歴史の流れを受け継ぎながら誕生したブランド食材が、現在の「河内鴨」です。

肉質の良さと濃厚な旨味で全国の料理人から高く評価され、今では大阪を代表する食材の一つとなっています。

河内長野荘だからできる物語

河内長野荘では、長年にわたり河内鴨を活用した料理をご提供してまいりました。

また、天野酒を醸す酒蔵とも同じ河内長野市内に位置しています。
私たちは考えました。

「この地域にしかない歴史や文化を、お客様に料理として体験していただけないだろうか」

そうして生まれたのが、『秀吉の晩餐 饗応会席』です。

中世と現代をつなぐ一席

この会席は、当時の献立をそのまま再現したものではありません。

僧房酒の歴史。秀吉が愛した宴の文化。河内鴨をはじめとする大阪・河内長野の食材。

そして、河内長野荘ならではのおもてなし。それらを現代の感性で一皿一皿に表現しました。

盃を傾けながら歴史に想いを馳せる。旬の味覚を口に運びながら中世の浪漫を感じる。そんな時間をお届けしたいと考えています。

結び

気の合う仲間と。大切な人と。人生の節目となるお祝いの日に。

河内長野の歴史と文化、そして秋の味覚を味わいながら、中世と現代を行き来し、浪漫に触れるひとときを。

河内長野荘がお届けする「秀吉の晩餐」を、どうぞごゆっくりお楽しみください。

お問い合わせ

〒586-0051 大阪府河内長野市末広町3-25
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