セルビスやさしいストーリー『じいちゃんのなっとうサンド』

セルビスの社員や協力会社、そしてお客様が、当社との関わりの中で体験したエピソードを綴る『セルビスやさしいストーリー」。
皆様の人生に寄り添う私たちだからこそ出合える、心温まる物語。
多数の応募作品の中から、「最優秀賞」に選ばれた一作をご紹介します。
第5回「セルビスやさしいストーリー」最優秀作品
作:松山さくらさん(堺市)
私は大学を中退し、なかなか就職できず、父に心配ばかりかけていました。結婚も遅かったため、子どもができたと伝えたとき、父は目に涙を浮かべて喜びました。それからというもの、私に対して「嫁さんの身体を、しっかり見てあげなあかんよ」が父の口癖になりました。
生まれてきた子どもは平均体重に届かない、やや小ぶりな女の子でした。知らせを聞いて、病院に真っ先に駆け込んできたのも父でした。
「よかったなぁ。とにかくよかった。ほんとよかった」と、まるで自分のことのように喜んでいました。
生まれてからは、孫娘の面倒を見るのが父の日課となり、生き甲斐でもあったようです。私たちは共働きだったこともあり、ついつい両親に甘えてしまっていました。
一人っ子で甘えん坊な娘が保育園に通うようになり、登園を嫌がることもたびたびありましたが、父は泣きじゃくる娘をどうにかあやし、娘の手を引いて保育園に連れて行ってくれました。運動会では、父と娘が手を取りあって二人三脚。小さな足と、大きな足。ぎこちなくも、楽しげに走る二人の姿が、今もまぶたに焼きついています。

やがて娘も小学生となり、早生まれだったので周りの子どもたちと比べて身体が小さいことを、父はいつも心配していました。一人で通学するようになってからは事故に遭うことを心配して、毎朝、自宅近くの角に立って、娘の登校を見守ってくれていました。
娘は学校が終わると、私の両親の家に帰っていました。玄関を開けるなり言うのが、決まってこのひと言でした。
「お腹、空いたよー!」。
そんな娘のために、父はいつも「なっとうサンド」を作ってくれました。納豆をパンに挟んで、トースターで焼くだけ。でも、それが娘にとっては世界一のおやつだったのです。美味しそうに食べる孫娘を見て、父は幸せそうな顔をしていました。
季節が変わったある日。それまで大きな病気をする事の無かった父に、癌が見つかりました。見つかったときには、すでに手遅れに近い状態でした。父は治療をあきらめず、抗がん剤治療を受け病気と闘っていましたが、日に日に細くなっていく身体。立ち上がれなくなるのに、時間はかかりませんでした。
そんなある日。学校から帰ってきた娘が、いつものようにこう言いました。
「お腹、空いたよー」
父が自宅で過ごした最後の日。「カップラーメンでもいいかな」と、不甲斐なさそうに言いました。なっとうサンドを作る体力は、もうなかったのです。娘は黙って頷き、カップラーメンをすすりました。でも、その目にはうっすら涙がにじんでいました。小さいながらも、何かを感じ取っていたのでしょうか……。
寒さが和らぎ、梅の便りが届く頃、父は病院で亡くなりました。最後は少し苦しんだものの、眠るように息を引き取りました。その表情はどこか穏やかでした。
娘は、父の病室に入ることができませんでした。
「おじいちゃんに、最後に会ってあげよう」。私は娘に声をかけましたが、娘は頑なにそれを拒みました。思えば物心ついて以来、娘はずっと父と過ごしてきて、病に倒れ衰弱していく様子をずっと見てきました。幼い心に、いつも一緒に過ごしてきた祖父の死というものを受け入れることは、私が思う以上に酷なことだったのかもしれません。

父の葬儀は、堺中央メモリアルホールで執り行われました。しかし通夜が始まる時間になっても娘は式場に入ることができず、控室にひとり籠もっていました。私は、なんとか気持ちを動かしてやれないかと、何度も声をかけました。
「おじいちゃんに、最後に会ってあげよう」
「ずっと一緒にいてくれたじゃないか」
けれど、娘はただ首を横に振るばかりでした。その頑なな姿に、どうすることもできず、ただ隣で黙って座るしかありませんでした。
そのときでした。控室のドアがそっとノックされ、一人の女性スタッフが静かに入ってきました。優しい声で、まるで春風のように話しかけてくれました。
「ここは、無理をしなくても大丈夫な場所なんですよ。お子さまの心が落ち着くまで、ここでゆっくり過ごしてもいいんです」
私は思わず目を潤ませました。その言葉は、「式に出なさい」と促すものではなく、娘の気持ちをまず受け止めてくれるものでした。
「お父様、少しだけ、席を外していただけますか?」
そう促され、私は娘を彼女に託すことにしました。少し不安もありましたが、不思議とそのスタッフの言葉と眼差しには、人の痛みを知っている人だけが持つ、安心感がありました。
やがて通夜が終わり、控室に戻ると、そこにはテーブルに向かう娘の姿がありました。誰にも見られないように隠しながら、何かを一生懸命に書いていました。随分と時間をかけて、書いていました。
そして訪れた告別式の日、やはり娘は式場に入るのを拒みました。その傍らに、昨日と同じスタッフの姿がありました。
「お父様、よろしければ……もう一度、私にお任せいただけませんか? 娘さんの気持ち、ちゃんと届くように、私が一緒に歩きますから」
そのひと言に、私は心を預けることにしました。彼女は娘の目線にしゃがみ込んで、何かを耳打ちし始めました。娘は、手に持っていた紙をスタッフの方に見せながら、「じいちゃん、読んでくれるかな……?」と、不安げな表情を浮かべながらも、何度も頷いていました。
娘はそのスタッフの方に手を引かれ、そっと式場の最後列の席に着きました。彼女はその間中、ずっと娘の隣にいて、目を合わせ、手をそっと握ってくれていました。
無情にも、父との最期の別れのときがやってきて、私は涙ながらに、棺の中に花を添えました。みるみるうちに棺が花でいっぱいになり、ふと見ると、スタッフの方と一緒に、娘が棺のそばまで近づいて来ていました。父の棺の中に、手を震わせながら何かをそっと置く娘の姿が、涙でにじんで見えました。
棺の蓋が閉じられると、それまで必死にこらえていたのでしょう、娘は号泣しながら、そのままスタッフの方と足早に式場を出ていきました。
葬儀から初七日法要まで慌ただしく過ぎて、一階のロビーに下りたとき、先ほどのスタッフの方が私に声をかけてくださいました。
「実は、娘さんは、一生懸命お手紙を書いていらっしゃったのです。故人様への、これまでのありがとうの気持ちを、精一杯手紙に込めて、棺に添えさせていただきました」
娘なりに、父との別れの時間が必要だったことに気づきました。娘は、彼女なりの方法で、父を見送っていたのでした。
『じいちゃんの、なっとうサンド、おいしかったよ。大好きだよ。』
手紙にはそう書かれていたことを、そっと教えていただきました。


※セルビスグループ共栄会主催
「やさしいストーリー VOL.5」ができました。
第5回「やさしいストーリーコンテスト」の応募作品の中から、厳選された10編を1冊にまとめました。セルビスの施設に設置していますので、ご自由にお持ち帰りください。
※セルビスグループ共栄会とは
セルビスグループのお取引先約140社で運営している協力業者の会です。

